はじめのいっぽ

自分の心と向き合う、はじめのいっぽ。

私とごはん

駅から出て目の前の交差点をすぐ右に曲がる。しばらく歩いて坂道を下り、すぐにまた坂を上って、住宅街を抜けていく。懐かしい気持ちに浸りながら、いつも通っていたこの道を歩いていた。あの頃から、街並みも風の匂いも子供たちの笑い声も、何も変わっていない。変わったことがあるとすればただひとつ。


2週間前、お気に入りのパスタ屋さんが閉店したことを風の噂で耳にした。学生の頃、彼と2人でよくこの店に通っていた。閉店したことが信じられなくて、この目で見て確かめるまでは認めないと思ってお店まで来たけれど、今私の目の前にあるのは閉ざされたシャッターだけだった。


思い切って来てみたはいいものの、私は特にすることもなくて、ぼーっとシャッターの前で立ち尽くしていた。お店の前にあった小さなベンチも今は置かれていない。ベンチの上にはいつも小さな黒板が置いてあって、「今日のおすすめメニュー」が書かれていた。それは決まっていつも「たらこスパゲッティ」だった。今日の、じゃなくていつものおすすめじゃん。でもそんなところも好きだった。


私が食べるのは毎回決まって「和風カルボナーラ」。初めて注文した時、思っていたカルボナーラとは全く違うものが出てきてびっくりしたことを覚えている。牛乳とチーズで作られた一般的なカルボナーラではなくて、ピーマンとベーコンとパスタをオリーブオイルでさっと炒めたようなもの。あれ、頼んだのこれだっけ、と少し戸惑いながらも、この店のカルボナーラはこれなんだな、と自分自身を納得させつつ食べてみたら、美味しくてハマってしまいそれ以来私の中の定番になった。まさにここでしか食べられない味だった。


あの味をもう二度と食べられないと思うと、急に実感が湧いてきて寂しさが一気に押し寄せてきた。私にとっては青春の味だった。君には「いつもそれじゃん。」って笑われてたっけ。そういう君だって毎回ボンゴレばっかり頼むくせに。あの味だけじゃない。いつも急かせかしていた店員のおばさんも、無口なシェフのおじさんも、店内でゆったり流れる時間も、君とのあんな会話だって、もう二度と戻ってこないんだ。


私は携帯を取り出して、一歩後ろに下がって写真を撮った。そのまま寂しさを紛らわすように、この勢いのまま、送ったんだ。

「また一緒に食べたかったな。」

 

 

 

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知り合いが企画している匿名作文大会(身内でやってるものですが)、第2回目参加させていただきました。ので、こちらでも同じものを載せます。今回のテーマは「私とごはん」です。

 

(第1回の時に書いた文章はこちら)

yuki-dango.hatenablog.com

 

 

今回はごはんがテーマだったので、大好きなパスタ屋さんのお話にしてみました。

 

この企画は、匿名で文章を投稿して誰がどの文章を書いたのか当てて後日答え合わせをするというものなんですが、同じテーマでもみんな全く違う文章になるので本当に面白いです。全く違うけど、なんとなくご飯に対して感じるあったかさは共通してたり。でもそのあったかさの表現や角度がそれぞれ違っていたり。そもそも文体自体も、呟きみたいなものから、日記のようなものから、小説風なものまで色々あってそこでも個性が感じられるし、文章を通してその人の内から滲み出る考え方とか、フィーリングに触れられるのも楽しいなと思います。(いつも企画ありがとうございます・・・!)

 

 

 

小説風に書くの楽しい。これくらいの分量がちょうどいいな。

今日も読んでくれてありがとうございます。おやすみなさい。